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福岡高等裁判所 昭和34年(ラ)24号 決定

抗告人 早川専太郎

相手方 株式会社九州相互銀行

主文

原決定を取消す

本件競落を許さない

抗告費用は相手方の負担とする

理由

抗告の趣旨及びその理由は別紙のとおりであり、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

記録によると次の事実が認められる。相手方(債権者)は抗告人(債務者)に対する金一、二三四、八〇〇円及びこれに対する昭和三一年一〇月一八日以降完済に至るまで日歩五銭の割合による遅延損害金の支払を受けるため、昭和三二年八月二七日長崎地方裁判所に対し抵当権実行を申立て、同庁は同年九月二日共同抵当物件たる(一)長崎市大浦出雲町六一番地四宅地七四坪八勺及び(二)同所同番地四家屋番号同町第二〇二番木造瓦葺二階建住家一棟建坪三四坪外二階三五坪につき、請求金額を金一、二三四、八〇〇円として競売手続開始決定をした。右物件は同時に競売に附せられ、数次の競売期日にいずれも競買申出がなかつたが、昭和三三年一〇月一三日の競売期日において(二)の物件につき金一、四五八、〇〇〇円をもつてする適法な最高価競買申出人(宮本金融商事株式会社)があり、これに対し同年一〇月二〇日競落許可決定が云渡され、右決定は確定して代金支払期日を同年一一月二〇日と定められた。しかるに競落人は右期日に代金を支払わなかつたのでその翌日たる同月二一日右物件は再競売に附する旨の措置が採られた。しかしこれについてはいまだ再競売期日は指定されていない。ところで、右競落許可決定確定後代金支払期日前たる同年一一月五日同裁判所は(一)の物件につき競売期日を同年一一月二五日と指定して競売命令を出し、右競売期日において前記宮本金融商事有限会社が最高価競買申出人となり、同裁判所は同年一二月二日これに対し競落許可決定を云渡し、右決定に対し本件抗告がなされた。

以上の事実関係の下で右決定に抗告人主張のような競落不許の事由が存するか否かについて検討する。

(1)  競売手続開始決定には、競売申立書の必要的記載事項たる「競売ノ原因タル事由」を記載することを要し(競売法二五条二項)、「競売ノ原因タル事由」とは被担保債権額、これを特定するに足る債権発生事由及び抵当権の存在を意味する。この被担保債権の記載は、いかなる債権であるかを明にするための特定性を表示するだけの意味を有するものではなく、競売手続の進行過程において生ずることのある民事訴訟法第六七五条一項の判断をなすについての基準たるものである。(強制競売においては、決定記載の金額が同法六五六条の無剰余措置を採るべきか否かを決定する基準ともなる。)したがつて競売手続開始決定をなすについては、申立書並びに添付書類を審査した上その存在の疎明を得て被担保債権を記載することを要する。かく被担保債権額は競売手続において大きな意味を有するから、債務者は決定記載の債権額の過大性を争つて競売手続開始決定に対し異議を申立てうる場合が生ずるのである。もつとも、決定によつてその記載の債権額が終局的に確定されるわけではないから、決定後競売手続進行中債権者より執行裁判所に弁済免除等に因る被担保債権額の減少した旨の届出があれば、それを考慮して前記六七五条一項の措置を採るべきか否を決定すべきであり、また、売得金交付の段階においては決定記載の債権額に拘束されないで、提出の計算書につき疎明書類を審査して交付すべき債権額を決定しうることはいうまでもない。しかし前記の如く、民事訴訟法六七五条一項の判断をなすに当つては、決定記載の被担保債権額によるべきものと解する。ところで抗告人は、本件における被担保債権額は、決定書記載の金額より少い金一一八万円余と主張するけれども、これを認める足る証拠はない。

(2)  次に右被担保債権の満足のための競売手続において、抵当物件が数個存在するいわゆる共同抵当の場合右数個の物件に対し同時に競売の申立があり、これに開始決定があつた時の執行裁判所の採るべき措置について考える。(イ)各物件の最低競売価格を評価決定せねばならないが、その一つ又は数個の物件の最低競売価格をもつて被担保債権及びそれに優先する債権並びに執行費用(以下被担保債権等という)を償うに足る場合でも、共同抵当物件のすべてを競売に附しうるし、且つ、附すべきであつて、たゞ競売実施の結果、その一つ又は数個の物件の最高価競買申出価格をもつて被担保債権等を償うに足る場合は、その他の物件に対しては競落不許の決定をなすべきに止まる。(右申出に対し競落許可決定あるも代金不完納になれば、これにつき再競売、さきの不許物件につき新競売を実施することとなる)競売法三二条は、民事訴訟法六七五条一項を準用する旨規定していないが、任意競売にも民事訴訟法の右条項の準用あるものと解するのが相当であるところ、右条項は「競売ニ附シタル場合ニ於テ」と規定し競売を命じうることを前提としているものであり、競落許否を決定するにあたり同条項規定の考慮を払うべきことを定めたものである。したがつて、一つ又は数個の物件の最低競売価格をもつて被担保債権等を償うに足るときは、その他の物件に対し競売を命じてはならない、と解するのは相当でない。(ロ)反面、共同抵当物件は同時に競売に附するのを原則とするが、そのうちの一個又は数個を任意に選択し、各別に競売期日競落期日を定めて競売命令を出し、かくして物件毎に別異に競落許可決定のなされるに至ることも、通常の場合は執行裁判所が事宜により採り得る裁量的措置であつて、あながち違法ということはできない。しかしながら、共同抵当物件中の一個又は数個の最低競売価格をもつて被担保債権等を満足させうる場合に共同抵当物件の全部を同時に競売に附せずひいては別異に競落許可決定をなすが如きは後記例外の場合を除き民事訴訟法六七五条一項の法意に照らし違法というべく、かくして実施せられた競売においては、被担保債権等を償うに足る一つ又は数個の物件以外の物については競落を許すべきではないと解しなければならない。

以上の理を例を示して説明しよう。(前記(イ)の例)、被担保債権等が一〇〇万円、競売物件の最低競売価格甲が三〇万円、乙が四〇万円、丙が一五〇万円とする。この場合まず丙物件のみについて競売を命じ、甲乙物件に対しては競売を命じてはならないと解すべきではなく、甲乙丙物件全部に対し競売を命じ、そのおのおのについて最高価競買申出があつたとき、丙物件についてのみ競落を許可し、甲乙物件については競落不許の決定をなすべきこととなる。(前記(ロ)の例)、まづ甲乙物件に対し競売を命じ、これにつき最高価競買申出があつて競落許可決定を云渡し、以上をもつては被担保債権等を償いえないとし、更に丙物件に対し競売を命じついでこれにつき競落許可決定を云渡すことは違法である。叙上の法理は、抵当権の不可分性と抵当債権の迅速な満足という任意競売手続の目的と、その実施に際しての執行債権者と執行債務者の利害の調節を完了せんとする民事訴訟法六七五条一項準用の法意からひき出される当然の結論ということができる。詳言すれば、債権者は共同抵当物件に対してはそのいずれの物件からも被担保債権全額の弁済を受けうるものであるから、抵当権実行の申立をする場合、共同抵当物件の一を任意に選択して個別的に競売手続開始決定を求めうるし、抵当権設定者も共同抵当物件についてそのいずれを競売されても異議を申立てる権利を有しないのである。しかるに共同抵当物件に対し同時に競売手続が開始され、一つの物件で被担保債権を満足させうる最低競売価格が評価されると、右物件に現実に右価格以上の競買申出があるか否か不明なるにかかわらず、他の共同抵当物件を競売に附しえない、ということになれば、執行債権者の有する売却権を害し、その債権の満足を不当に遅延させることになる。例えば前記設例において丙物件の最抵価格が仮りに三〇〇万円に評価されたと仮定しよう。そしてこれらのみについて競売を命じて競売期日毎に最高価競売価格の申出なく、したがつて普通に行われている一割前後の価格を逓減して順次競売を命ずれば、被担保債権額を下るには、少くとも競売期日を一一回余重ねなければならないし、一回の競売期日を実施するには競売公告等の関係からみて、執行裁判所の事務の繁簡により多少異るが少くと一ケ月余を要する。してみると、甲乙物件が適当の価格物件であつてこれを競売すればすくなくとも右物件の価格相当の債権は迅速に満足されうる可能性ある場合でも、これが現実に競売に付せられるにはじんぜん一年余の歳月を俟たねばならないことになる。かくては、ともすれば実効を挙げえない実情にある不動産競売の運営をますます阻害する結果を招来することになりはしないか。また思を他の点に移して考えるに、執行債務者においても価格の大なる物件を、まづ先に売られるよりも、他の共同抵当物件を競売されることを利益に考える場合もありうる。甲乙物件を競売されて被担保債権の減少したとき残債権を弁済して丙物件に対する競売の終結を期待する場合もあろう。なお、被担保債権を超過する共同抵当物件を同時競売するにおいては、競落不許の予想される物件の競買申出人の期待を裏切るおそれのあることが懸念されるが、それは被担保債権が弁済されて競落不許の決定がある場合にそう遇する競買申出人の地位と同様で、このことをもつて前記見解を別異にする理由とするに足らない。(大決昭和八年七月七日判決民集一二巻二〇二九頁は、当裁判所の見解と異る趣旨のものとは解せられないし、ドイツ強制競売及強制管理に関する法律七六条が参考となる)。

そこで前記(ロ)の場合で言及した例外の場合を例示する。例えば丙物件に対し第三者異議の訴が提起されて、執行停止の命令ないし仮処分が発せられた等の執行障碍事由が生じた場合は、この訴の(確定)判決あるまで甲乙物件に対しても競売を命ずることができない、と解することは、執行債権に何のかかわりもなく抵当権の存在すること明らかな甲乙物件に対する執行債権者の権利実現を遅延させ、反面執行債務者を不当に保護するものとのそしりを免かれない。かかる場合は、甲乙物件のみについて競売手続を進めるのが相当である。また、甲乙丙物件を同時に競売に附したのに、丙物件には最高価競買申出なく、甲乙物件についてのみ右申出があつたときは、これらに対し競落許可決定をなすのは当然であり、その後実施せられた競売の結果――被担保債権等はいまだ全部の満足を得ていないから競売するのは当然である――丙物件に対し更に競落許可決定をなすことは、これまた当然のことで、このことを以て違法と目すべきではない。かくては執行債務者の保護に欠くるとして、まづ丙物件についてのみ競売を命じ、最低競売価格が順次下げられて被担保債権等の額を割つたとき始めて甲又は乙物件を共に競売に附すべしとの説があるが、この見解の採るべからざる理由については、さきに説明したとおりである。

(3)  以上の見解のもとに本件をみるに、(二)の物件の競落許可決定の確定により本件被担保債権(金一、二三四、八〇〇円)は右物件の競落価格(金一、四五八、〇〇〇円)をもつてその執行費用と共に優に償うに足るから(本件被担保債権に優先する公租公課ないしその他の債権の存在しないことは記録上明らかである)、(一)の物件につき更に競売を命じたのは、違法である。執行裁判所としては(一)の物件を競売に附する必要なく、右決定に基く代金支払期日を指定してその支払あるや又は再競売の措置を採るべきやの手続のみを進むべきであつた。ところで、(二)の物件に対する買入代金はついに支払われなかつたので、再競売に附する措置が採られたこと冒頭認定の如くであるから、ここにおいて、(二)の物件に対しては再競売、(一)の物件については新競売の命令を同時に出し、両者を同一の競売期日において競売せしむべきこととなつたのである。かくして(一)の物件についてのみ競売を実施したのは共同抵当物件の時を異にする競売が違法となる事例に属するものといわねばならない。けだし、(一)の物件の競売期日たる昭和三三年一一月二五日にはすでに(二)の物件について再競売に附する措置が採られているのであるから、丙物件は同一の競売期日において競売しうる状態にあつたし、加うるに右の同一競売期日の三日前までに競落人より民事訴訟法六八八条三項による買入代金、利息、費用の支払があれば、さきに失効していた(二)の物件に対する競落許可決定は効力を回復し、ひいては(一)の物件に対する競落は許されないことになるからである。競落人が民事訴訟法六八八条三項による買入代金等を支払うか否かは、全く予測不可能であることは勿論であるが、その予測不可能であることをもつて前記判断を否定する理由となすことはできない。

よつて原決定は取消を免かれず本件競落は許すべきでないから、抗告費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 中園原一 中村平四郎 亀川清)

抗告の趣意

左記、土地に対する昭和三十三年十二月二日長崎地方裁判所においてなした競落許可は之を取消すとの御裁判を求めます。

物件の表示

長崎市大浦出雲町六壱番

一 宅地 七拾四坪八勺

抗告の理由

一、抗告人はその所有する前記土地と同番の地上に建築してある家屋と共に之を担保として株式会社九州相互銀行と、手形取引による金壱百五拾万円也の根抵当権を設定したのであるが、昭和三十二年九月頃迄に金四拾九万円を返済したが現在尚金壱百壱万円及之に対する利子が金拾七万円位ある事は認める。

二、ところで債権者九州相互銀行は右残存債務に対し競売法による競売申立をなしたので昭和三十三年十月十三日、家屋のみ、金百四拾五万八千円を以て、競落人宮本金融株式会社が競落し今月二十日右競落許可決定がなされたのである。

三、然るに競落人は競落許可が決定せられたにも不拘、其代金を支払い為更に之は再競売となつたが、未だ其の期日は確定してないが競落人は其の権利を放棄したものでなく再競売期日前五日迄に代金を支払ば当然其の効力は有するに係らず債権者は之を待たず土地の競売を開始し昭和三十三年十二月二日金拾参万六千円で競落せられたのである。

四、右事情より考察して抗告人たる債務者は債権者に対し金壱百壱万円及利子金十七万円を合算しても百拾八万円余の負債に対し家屋の競落は金百四十五万八千円で競売せられて居るので之を以て既に負債は弁済せられて尚、余分を存するのであるから、更に土地の競売をなす理由はないにも不拘之を敢えてなしたのは不当であり競落許可決定は失当であると思料するが故に茲に抗告に及んだ次第であります。

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